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■ プロフィール
 
1969年(昭和44年)、日本テレビ系「笑点」で「ちびっこ大喜利」がスタート。芸達者な子ども達による大喜利が人気を博し、定例企画に。山田隆夫は第一回からのレギュラー。後に、新井康弘、江藤博利、今村良樹の順にレギュラー入り。1973年に4人が顔を揃えることに。

その後、“座布団10枚”のご褒美として、山田がレコードデビューの権利を獲得。音楽好きの山田が中心となり、4人でバンド結成。山田がサイドギター、新井がドラム、今村がベース、江藤がリードギターとパートが決まり、猛特訓。グループでのデビューが決定。
ベースの今村が左利きだったことから「ビートルズみたいだな」ということで、転じて【ずうとるび】と命名。1974年2月10日、シングル「透明人間」でエレックレコードよりデビュー。

「透明人間」は、山田が作詞作曲したフォーク調のナンバーだったが、2ndシングル「恋のパピプペポ」からアイドル歌謡路線に転向。同年11月リリースの3rdシングル「みかん色の恋」で人気爆発。一躍、トップアイドルに。
1975年には、テレビのレギュラー番組を週に7本持つほどの人気に。同年末には、「初恋の絵日記」で紅白歌合戦にも出場。

1976年夏、エレックレコードの倒産により、東芝EMI(現:EMIミュージック・ジャパン)に移籍。

1977年4月、山田が婚約発表と同時にグループからの卒業を表明。新メンバーを一般公募。6月、池田善彦の加入が決定。
同年10月、新生ずうとるび第1弾シングル「青春のひらめき」リリース。
同時に、東京12チャンネル(現:テレビ東京)で「三波伸介の凸凹大学校」がスタート。曲名を絵で当てる“エスチャー”コーナーが人気となり、長寿番組に。

レコード・リリースは、1980年2月のシングル「マルガリータ」が最後。以降は、グループとしての活動よりも、ドラマ、バラエティーへの単独出演が多くなる。

1982年3月17日、渋谷エピキュラスホールでのコンサートをもってグループ解散。
「三波伸介の凸凹大学校」の中でも“解散式”が行われた。

>>詳しくは、懐かしい写真満載の“ZB年表”へ!!


山田隆夫(やまだ たかお) >>オフィシャルホームページ
1956年(昭和31年)8月23日、東京・深川生まれ
日本大学豊山高校卒業
楽器パート:サイドギター
小学校4年生のとき、フジテレビ系「ちびっこのど自慢」の公開録画を観に行った際、病欠した出場予定者に代わり、飛び入り出演し優勝。そのタレント性を買われて、劇団ひまわりに入団。子役として50本以上の番組に出演。NH銀河ドラマ「やぶれかぶれ」(1971年)では、TV大賞・優秀子役賞受賞。
ずうとるびではリーダー。作詞作曲もこなし、フォーク、ロック、ポップス、スローバラードからコミックソングまで多彩な曲調で、50曲以上を手がけた。
ずうとるび卒業後は、俳優・タレントとして活躍。 1984年10月、「笑点」の「大喜利」の6代目座布団運びに就任。1987年には、スピルバーグ監督によるアメリカ映画「太陽の帝国」にも出演。
プロボクシングC級ライセンスを持ち、また、鈴々舎馬風一門の落語家として「鈴々舎鈴丸」の名も持つ。
2012年5月、自身の半生を綴った『ボクに運が巡ってくる55の理由 座布団運び山田くんの法則』(廣済堂出版)を出版。2012年2〜7月、『週刊大衆』にて連載した“お〜い山田クン、座布団1枚!”が人気を博し、同年11月、単行本『山田くんとざぶとん』として出版。

新井康弘(あらい やすひろ) >>オフィシャルブログ
1956年(昭和31年)12月5日、東京・麻布生まれ、川崎育ち
自由が丘学園高校中退
楽器パート:ドラムス
小学校5年生のとき、日本児童劇団に入団。子役として、「コメットさん」(1967〜68年、TBS)、「打ち込め!青春」(1971年、NET)、風雲ライオン丸(1973年、フジテレビ)など数々のドラマに出演。
ずうとるびでは、山田卒業後、リーダーに。「お前」「デイモンドライブ」などアルバムのソロ曲では作詞も手がけ、コンサートの個人コーナーでは、早い時期から、化粧を施しデヴィッド・ボウイをカヴァーしていた。ずうとるびとしての活動と並行して、「岸辺のアルバム」(1977年、TBS)、「沿線地図」1979年TBS)など、話題のドラマに出演。1979年の映画「ピーマン80」では、シングル「ウッカリBOY チャッカリGAL」が挿入歌に。
解散後は、俳優に専念。1999年から11年間続いたTBS系昼ドラマ“大好き!五つ子”シリーズの良介パパとして広く知られる。テレビ、映画だけでなく、舞台でも活躍。

今村良樹(いまむら よしき >>オフィシャルブログ
1957年(昭和32年)9月19日、東京・上目黒生まれ。
堀越学園高校卒業
楽器パート:ベースギター
中学1年生のとき、一般公募で、日活映画「メッタメタガキ道講座」(谷岡ヤスジ原作)に出演。その後、劇団ひまわり入団。
映画「卒業旅行」(73年)では、マーク・レスターと共演。ずうとるびとしてデビューする直前の74年1月には、NHK少年ドラマシリーズ「夕ばえ作戦」で山田と共演している。
絵が得意で、ずうとるびのレコードジャケットのイラストをも手がけ、漫画誌「デュオ」に読み切り漫画「くるくるパーニック」を掲載したことも。
ずうとるび解散後は、ロックバンド“MEGE”を結成し、ヴォーカリストとしてライヴハウスを中心に活動。後に、放送作家に転身。「全国高等学校クイズ選手権」「午後は○○おもいっきりテレビ」などを担当。現在も、放送作家、プロデューサーとして活動中。
>>「MEGE」に関してはコチラ!!

江藤博利(えとう ひろとし)>>オフィシャルホームページ
1958年(昭和33年)9月5日、宮崎県都城生まれ。
堀越学園高校卒業。
楽器パート:リードギター
小学校5年生のとき、日本児童劇団に入団。「スペクトルマン」(71年)をはじめ、数々のドラマに出演。
72年の映画「どぶ川学級」では、登場シーンは異なるが、新井・今村と共演している。
ダンスを得意とし、後期ずうとるびでは、振付も担当。また、コンサートでは、選曲・構成も手がけ、メインMCとして司会進行を担当。
ずうとるび在籍時から、「青春諸君!」「青春諸君!夏」「刑事犬カール2」などのドラマに出演。解散後は、俳優と並行して、「クイズ・ドレミファドン」などの司会も担当。
現在は、劇団“座・アバウト”主宰。ライヴも定期的に行っている。「三波伸介の凸凹大学校」の“エスチャー”コーナーでの、何を描いても四本足になってしまうユニークな動物の絵が人気を博したが、現在も自身のトレードマークとして、ホームページやオリジナル・グッズでそのイラストを使用している。


池田善彦(いけだ よしひこ)
1959年(昭和34年)2月10日、兵庫県神戸市生まれ。
滝川高校卒業。
高校卒業後の77年5月、「月刊明星」(77年7月号)の“ずうとるび新メンバー募集”の記事を見て、応募。新メンバーに抜擢される。7月から、ずうとるびに帯同。9月の山田隆夫さよならコンサート(日比谷野音)が本格的な初舞台となり、10月、シングル「青春のひらめき」で正式デビュー。
ずうとるび在籍時から俳優としても活動。「思えば遠くへ来たもんだ」(81年、TBS系)では、山田隆夫と共演。映画「無力の王」(81年)では、挿入歌として、ずうとるびとは一線を画すロックンロールナンバー「玉突きロック」も披露。
解散後は、俳優に転身。TBS系朝の連続ドラマ「白き牡丹に」(82年)などに出演。後に、芸能界を完全引退。現在は、バーY's PaPa(東京・中野)のオーナー。ずうとるび時代は無口なイメージだったが、現在は饒舌なマスター。訪れたファンとは気さくに昔話に応じている。2012年から、江藤の隔月定例イベント”れっどカーペット”を同店で開催。

 
1974年デビュー直後
左から、今村、山田、新井、江藤


1975年、紅白歌合戦出場時
左から、江藤、今村、山田、新井



1976年、東芝EMI移籍直後
左から、江藤、今村、山田」、新井



1977年、新生ずうとるびスタート時
左から、江藤、池田、今村、新井



1978年、「あの娘は宇宙人」リリース時
左から、池田、今村、江藤、新井



1979年、「Love Trip」衣装
今村(前)、池田(左)、新井(右)、江藤(後)




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